日本とユダヤ人の歴史的関係 -1920年サン・レモ決議より-

今月14日、日本イスラエル親善協会主催の、イスラエル独立64周年記念式典に出席してきました。

そちらでの駐日イスラエル大使ニシム・ベンシトリット氏の挨拶の中で、1920年のサン・レモ会議の話が挙げられたので、今回こちらで紹介したいと思います。

 

1920年4月、第一次世界大戦の連合国によるサン・レモ会議が行なわれました。これは、大戦戦勝国による、オスマン・トルコ領の分割を決めた会議です。なお、出席したのはアメリカ、イギリス、フランス、イタリア、そして日本です。

そこでイギリスは、スエズ運河、ペルシャ湾、イラク北部の石油を、国際連盟の委任統治という形で手に入れることに成功しました。また、フランスはシリア、レバノンを手に入れ、実質的に中東地域はこの2国に統治される形になりました。

スエズ運河や油田など、イギリスの利権をアラブ人から守るためには、パレスチナにユダヤ人が大勢いた方が都合がよいという意味も含めて、無制限の移民を認めました。そして日本は、それに著名した4ヵ国のうちの1ヵ国だったのです。

この決議により、1918年にはパレスチナに6万人もいなかったユダヤ人が、その後の10年間で3倍に増えました。これをきっかけとして、税金を集めたり教育や健康保険システム、軍事組織を整えるなどし、国造りが始まったのです。

この会議が行なわれて、今年で92周年になりますが、ニシム・ベンシトリット氏は挨拶のなかで、「今年は日本とイスラエルの国交樹立60周年であるが、同時に(サン・レモ決議が行なわれ)日本とユダヤの関係が結ばれて92周年でもある」ということを述べられていました。

特に、今年4月25日は、サン・レモ決議から92回目の記念日、イスラエル64周年の独立記念日、日以外交樹立60周年、この3つが重なった日でもあります。(この日、日本国国会にて、参議院のツルネン・マルテイ議員の協力のもと、サン・レモ会議を回顧するセミナーが行なわれたようです。)

 

日本とユダヤの関係といえば、

・日露戦争時に、日本の抱えていた2億ドルの債券を引き受けたヤコブ・シフ氏の投資(背景にはポグロムというロシアでのユダヤ人迫害が関係していました)

・第二次世界大戦中、外交官杉原千畝氏のビザ発行により多くのユダヤ人がナチスの迫害から逃れた

などという事実が有名ですが、今回挙げたサン・レモ決議も、日本がこの移民の件を認めたという点では、日本とユダヤ人にとって重要な意味を持つ瞬間であったように感じます。

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