ユダヤ教、イスラエルでの日常生活における「神」

Jewish Cemetery
Jewish Cemetery via Bellimbooster

昨日、Twitterを通じてイスラエル留学経験をお持ちの方と知り合うことが出来ました。日本の大学で神学を学び、それがきっかけでイスラエルに興味を持たれたのことなので、ユダヤ教における「神」について色々と聞いてみました。

青海(以下S): なぜイスラエルに留学しようと思われたんですか??

Aさん(以下A): 大学時代に神学を勉強していて、現地が見てみたかったのです。信者ではないので、専攻がその時代の文化人類学的な感じなので。

S: 自分もユダヤ教の世界に関心があります。というのも、偶像崇拝禁止で一神教なのにも関わらず、どちらかというと日常では神よりも戒律の存在感の方が強いんじゃないかと思っているからです。自分自身の頭で考えることも要求されていたりと非常に不思議です。

A: 外から見ていると戒律にしばられて、と思いますが、私は実際現地に行って、身体性の宗教だと感じました。毎日の中に宗教が入り込んでいる、と。神(の教えを)を体に刻みこむ感じ。それがあそこでは自然な事でした。偶像崇拝禁止で一神教なのに戒律の存在が強いというのは矛盾しますか?

S: 矛盾というか、日本人からすると不思議に映ると思います。戒律が強いならなぜもっと神の存在が全面に押し出されないんだろうと。でも、その「刻み込む」という表現を聞くとしっくり来る人も多いのではないでしょうか??

A: 神の存在が強いから、神の存在を表現しないのでしょうね。名前を呼ぶことも禁止、偶像も禁止、そんなことしなくても大丈夫!みたいな。まあ、ハシェムとかエロヒームとかアドナイとか言いまくってますけどね。しかも名前忘れるという・・・笑

S: 神の存在が強いからあえて表現しない・・・なるほど!ユダヤ教を知れば知るほど「神とは何だろう?」と考えます。神学や宗教も学生会議のテーマで取り上げたいと思ってるんです、イスラエルを理解するためには不可欠ですしね。

A: いいなぁ。私も参加したいくらいです。留学時代はがちがちのユダヤ教徒と議論しまくったなぁ。学生のそういう時間大切です。何も変わってないけどね笑。

A: 神とはなんだろう。結論は出ないです。けど、日本人にとっては別の次元の、なんか存在くらいな気がする。やつらも酔っ払ったり、気まぐれに天災起こしてみたり。ユダヤはもっと理論整然としていますね。でも神の理論は人間には理解できないんじゃないかなぁと思うのです。愛も救いもあるけど、理不尽

S: イェシバの生徒でも、常にタルムードの解釈について議論しているそうですね。「神とは何なのか?」というのは彼らの中にも常に存在するんでしょうね。それにしてもこういう話面白い!学生会議のブログにお名前伏せてこのやりとりアップしてもいいですか??

A: いいですよ!一神教vs多神教ていう議論もイスラエル人とすると面白いです。彼らも自然の中すべてに神がやどっていると言うのですが、それと唯一神が矛盾しないのが、興味深いです。

S: ありがとうございます!彼らにも八百万の神的な感覚があるんですね、ユダヤ教と神道の共通点を指摘する人もいるみたいですが、ほんとに興味深いです。

宗教というと限定された何か特別のものの様に聞こえますが、日常生活の至る所にその影響を及ぼし、人々の習慣や思考に深く根ざしています。お互いの国の理解のためにも不可欠なテーマだと考えています。

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