自分が日本イスラエル学生会議を立ち上げようと思った理由 – その1

2011年3月11日に発生した東日本大震災から約1ヶ月後、ひょんなことから宮城県にボランティアに行くことになりました。

避難所にモバイルWiFiルーター(イーモバイルのポケットWiFiが有名ですね)を配るという仕事です。

当時、固定網は依然として壊滅的な被害を受けていたものの、移動通信網は復旧し始めていました。なので、携帯電話の通信回線を使用してインターネットに繋げられれば、各避難所ごとの状況把握・ニーズの吸い上げに利用できるだろうとなったわけです。

数日間で宮城県内をレンタカーで走りまわったのですが、その中の一つが南三陸町でした。南三陸町にはイスラエルからの医療団が来ていると事前に耳にしていたのですが、実際にベイサイドアリーナを訪れ、駐車場にあるプレハブと動き回っているイスラエル国防軍の医療スタッフ達を目にすると、「なぜこんなことまでしてくれるのだろうか?」との思いが頭をよぎりました。

そこで、宮城入りする前に「今回の医療支援は他の国からの医療支援とは少し事情が異なる」と聞いたことを思い出します。

通常、先進国では例え災害時であってもその国の医師免許を持っていなければ直接的な医療行為は行えません。しかし、そのような壁を乗り越え、イスラエル医療団の受け入れの実現に至ったとのことです。

法律の問題に加え、言葉や文化の違いも大きな懸念材料だったと思います。なのに、なぜ彼らを受け入れることになったのか。不思議に思い調べてみたところ、あるキーパーソンの存在に突き当たりました。

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